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2008年4月28日 (月)

◆ボヘミアンガラス

ボヘミアとは中部ヨーロッパ、現在のチェコ西部あたりの一地方である。 16世紀から17世紀前半にかけて隆盛したヴェネチアに変わり、ヨーロッパガラス工芸の中心を担った。最盛期は17世紀後半から19世紀後半頃。現在においても国の重要な基幹産業であり、伝統的なボヘミアンガラスを創り続けている。

ボヘミアでは 10世紀頃から簡易なガラス玉などが作られており、その後窓ガラスなどの日常品などが生産されるようになってガラス生産地として定着するようになる。14世紀には最初の工場が確認されており、15世紀には20以上もの工場があったという。その後6世紀にはウィーン周辺の北部地或で、幾つもの本格的なガラス工場が開設された。この時代の製品は主にヴェネチアン.グラスを模倣したもの(ファソン.ド.ヴェニス)やドイツのレーマー杯の複製などが中心であったが、1570年以降には他の地域よりも先進的にエナメル彩グラスを生産、またグラヴィール技法が試されるなどもした。しかしこの頃のボヘミアン.ガラスは質量共にヴェネチアはもとより、近隣のドイツ、ネーレルランド地方に及ぶ物ではなかった。
1612年にルドルフII世没後、一時期ハプスブルグ家の庇護も失ったボヘミア.ガラス界は、更に30年戦争により衰退する。しかし問もなく復興、戦後オランダやヴェネチアから多数のガラス職人が流入してきたことにより、かえって優れた技術が導入され新しい工場が多数設立された。この時期もファソン.ド.ヴェニスやエナメル彩、シンプルなグラヴィール製品を生産していが、常に職人たちによって新しいガラス工芸の技法が試されていた。そして遂に1685年、ボヘミアン.ガラスの運命を決定づけるカリ.クリスタルガラス(ボヘミアン.クリスタルガラス)が開発される。

それまでの水晶ガラス (無色透明なガラス)はヴェネチアのソーダガラス「クリスタッロ」が主流であった。中部ヨーロッパ特有のカリ灰を使ったガラス素地によるカリ.クリスタルガラスはソーダガラスよりも「より水晶のように透明」で、厚手で、硬度、輝度も高く、カットやグラヴィールなどの彫刻技法に適していた。つまりガラス独自の個性である「可塑性、透明性」により優れたものだった。以前からグラヴィール装飾に長けていたボヘミアに、彫刻技法に相応しいガラスが開発されたことにより、更に精密かつ鮮明な彫刻が生み出されるようになる。
こうして後期ルネサンスからバロック、ロココ期を迎える 17世紀後期以降、ボヘミア.ガラスはヨーロッパ市場に君臨する。宗教や神話上の人物、動植物をモチーフとした複雑で装飾性の強い彫刻や、繊細な明暗の対比によるドラマティックな表現技法は,時代背景や王侯貴族の趣味とも合致し特注品として愛用されていく。グラヴィール、エナメル彩といった得意分野に加え、黒単色によるエナメル彩、シュヴァルツロット技法といった新分野を生み出した。また1730~50年代にはゴールド.サンドウィッチ技法の大流行もあり、これを創り出せるのはボヘミアの職人だけであった。
更に19世紀に入るとエナメル彩にも大きく流行の変化が起こる。それまでは紋章や文様、簡単な絵付け程度であったが、肖像画や風景画などを写実的に、より絵画的に絵付けを行うようになった。また、ガラスの流行が無色透明から次第に色ガラスヘ移っていくにあたり、ボヘミアン.ガラスも素早く反応する。特に1830年代以降色ガラスが本格的に流行すると、銅赤色の被せグラスのグラヴィーングや黄色のステイニングなどを筆頭に製作、国内外を問わず圧倒的な人気を誇った。その後も更に色鮮やかで手の込んだ被せグラスや、きめ細かいグラヴィールの技法を開発し続ける。

しかしこの頃から、ヨーロッパガラス市場におけるボヘミアン .ガラスの地位は以前に比べ安泰とは言えなくなってくる。ヨーロッパ中央に位置する事もありボヘミア.ガラスは各地に影響を与えると同時に、ドイツ、オランダ、フランス、そしてヴェネチアで模倣され「ボヘミア風」のものが作られた。更に1671年にイギリスで開発された鉛クリスタルガラスがその独自の性質を生かし、19世紀中頃から人気を集めるようになってきた。特にイギリスとフランスの工場が鉛クリスタルを用いて台頭してくる。
またアメリカでプレスガラスの開発に成功、フランスとイギリスも相次いでプレスガラスを導入し、ガラス製造がより容易で安価となり一般化するが、宙吹き技法が中心のボヘミアにとっては脅威であった。そして 19 世紀後半から 20 世紀前半にかけてヨーロッパはアール . ヌーヴォーの時代に入り、ボヘミア . ガラスの黄金期は終焉を迎えることとなるが、その伝統と高い技術は廃れることなく現在にも引き継がれている。

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