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2007年4月29日 (日)

◆アールヌーヴォー

アールヌーヴォーとは 1890~1910年代にかけてフランスを中心に展開され、欧米で流行した新しい装飾芸術活動のことである。最盛期は1895~1905年間(イギリスではモダン.スタイル、イタリアではステイル.リバテイ、ドイツやボヘミア、オーストリアではユーゲントシュテイールと呼ばれる)。1889年のパリ万国博覧会で導火線に火がつき、間もなく爆発的に流行する。1900年の同博覧会では「アールヌーヴォーの勝利」とまで謳われ全盛期を迎え、一世を風摩した。
予兆は 1870年頃のアート&クラフト運動から始まる。これは機械化時代の到来に際して品質や趣味の悪化が工芸作品の分野に及ぶ事を危倶した運動で、中世以来の手作業の重要性を唱えながらも機械化の長所も取り入れ、芸術の大衆化を図った運動であった。また1880年代後半からは象徴主義、世紀末芸術の動向が活発化する。これらの芸術新潮がアールヌーヴォーへとつながっていった。

アールヌーヴォーの意義は、文字通り「新しい芸術」として、過去の伝統、しがらみがもたらす様式の混乱から脱却して、時代や地域の形式に捕われない新しい価値観を模索、確立することにあった。簡単に言うと決まり事を排除し、全ての表現方法や様式を複合したものから新しい創作を生み出そうとしたのである。
従ってルネサンス、バロック、ロココはもとより、イスラム、ケルト、中国、そして日本といった様々な国の様々な時代の影響を受け、芸術の無国籍状態の中から次時代への新しい道筋を切り開いた。特に日本は1867年のパリで初めて万国博覧会に参加するが、その際に浮世絵、陶器、蒔絵などの日本美術がヨーロッパ芸術家に与えた影響(ジャポニズム)は計り知れない。
そしてこの時代、建築、絵画や陶器、インテリアと共にガラス工芸もその重要な一翼を担う。それまで装飾品や実用品の域を脱却し得なかったガラス工芸が、アールヌーヴォー期において「芸術作品」として昇華したことはガラス工芸史の観点から見ても非常に歴史的意義のあることであった。また、時代、地或といった様式ではなく、作家や工房の個々によって形態と装飾を打ち出し始めた先駆けでもある。

アールヌーヴォー期のガラス工芸は巨匠エミール .ガレを中心とするナンシー派によって先導される。ナンシー派とは同地の美術家たちによって結成された芸術家連盟のことであり、公式な結成は1901年であるが、アールヌーウォー初期から活動していた。フランス東部、アルザス.ロレーヌ地方のナンシー村はドイツとの国境近くにあり、侵略、割譲されるなど政治的に不安定な地域であった。その為かパリに対して強い独立志向があり、自治運動も盛んであった。
そしてこの時代、ナンシーの作家たちが創り出す作品は質、量共に一際抜きんでた位置を占めており、パリはおろか世界中を席巻する。主要作家だけでもエミール .ガレ、ドーム兄弟を筆頭にミューラー兄弟、ルイ.マジョレル、ヴィクトール.プルーヴェなど、錘々たる名前が並ぶ。
また、ナンシー派以外では、同じくフランスのパリ派の作家として、ウジェーヌ .ルソーやウジェーヌ.ミシェル、フィリップ.プロカール。ボヘミアのヨハン.レッツ.ヴィトヴェ、アメリカの代表的ガラス作家、ルイス.ティファニーらが活躍する。

ガラス工芸におけるアールヌーヴォーの表現手法の特徴は、自然界の動物、植物がモチーフとして使われ、具象化したものが多い。流動曲線を主とした造形の中に、生命の息吹、強さやはかなさを通じて、象徴性、幻想性、官能性を表現した。一般的に想像されるのは、蝉、蜻蛉などの昆虫や茸、枯葉、並木、海草などのモチーフであろう。特にナンシー派はガラスに装飾するモチーフをより写実的に、生々しく表現することが特徴に揚げられる。
作品製作の技術もこの時代、急速に高まる。ガレによって、マルケトリ、パチネなどの新技法が開発され、ガラス装飾に新たな様式が見出される。また、これまでの歴史のガラス製作に関わる全ての技法を総動員し、応用あるいは複合してガラス装飾に用いられた。製作技術の再構築である。パートドヴェールはローマよりの永い眠りから覚め、サンドゥィッチ技法はボヘミアを経てペルル .メタリックと姿を変える。エナメル彩やカメオ技法はより色彩の複雑さと多彩さを増し、被せグラスはアンテルカレールと更なる進化を遂げる。イスラム陶器のラスター彩技法はイリデセンスと名を変え、また家具製作技法のマルケットリーはその名のまま、それぞれガラス工芸に応用された。これら以外にもアップリケ、アイスクラック、カボッションなど多種多彩な技法が様々な形で使用される。しかし、これらのうち高度な技法の技術の多くは各作家個人一代限り、または一子相伝とされ、現在では製作技法が全く解明できない作品もある。

こうして急激に高まったアールヌーヴォーだが、時流の退潮もまた急激であった。 20 世紀に入るとその衰えは顕著であり、 1902 、 1904 年の万国博覧会では最早以前のような興盛振りは見られなくなってしまった。更に1904 年アールヌーヴォー期の中核、ガレの死去により凋落傾向に歯止めはかからず、やがては自然消滅してしまう。正に世紀末ロマンの象徴であった。そしてアールヌーヴォーの残影が消え切らぬうちに、ヨーロッパでは新たな芸術新潮の動きが活発化する。アールデコ期の到来である。

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