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2007年3月 5日 (月)

◆ガラス工房解説 6 【Val.St.Lamvart】

Val.St.Lamvart

1825年ベルギー東部、リエージュ郊外のヴァル.サン.ランベール修道院跡地に創立。当時ベルギーを支配していたオランダ国王ウィリアム一世の要請によるものだった。ベルギーの独立後には、引き続き国王レオポルドー世の後盾を得て急激な発展を遂げる。その背景には、リエージュという街がドイツとオランダという中央ヨーロッパのガラス生産地国境近くにありガラス工芸が定着していた文化的要因と、近隣のボネッシュ村から良質な鉱石や豊富な石炭が採掘される、恵まれた立地的要因が下地にあったからである。
1880年頃には、フランス及びベルギーの中小のガラス工場を買収して更に成長、従業員4000人を超える世界最大のガラス工場となる。この頃の主な製品としては装飾品、テーブルウェアから鏡、板ガラスといったものまであらゆるガラス製品を生産している。生産量も世界一であったが、同時にガラス職人の積極的な招聘や、フランスのサン.ルイからの影響を受け、鉛クリスタル.ガラスの生産にも着手していった。

1890年代になると、ヴァル.サン.ランベールもアール.ヌーヴォーの影響を受けていく。それまでは伝統的な吹きガラス技法にボヘミア式カット技法で装飾したものが主流であったが、この時期に初めて型吹き手法の色被せガラスを取り入れ、それにカットを施した。文様は主に草花文様をレリーフカットしたもので、ナンシー派色の強い作品が多い。
アール .ヌーヴォー期に携わった作家、技術者は、宝飾家のフィリップ.オルヴァー、彫金作家のヴァン.ド.ヴェルド、家具作家のセルュリェ.ボヴィ、ナンシー派のミューラー兄弟、そして近代同工場の中心的人物、レオン.レドゥリュとジョセフ.シモンなど鐸々たる面々である。
引き続きアール .デコ期に入っても、レオン.レドゥリュとジョセフ.シモンを中心に色被せガラスを中心に作品が展開されていく。第一次大戦の災禍と、ベルギーでは比較的アール.ヌーヴォー様式が長く続いた為、アールデコ様式への転換が遅れたが、1925年の現在装飾美術産業美術国際博覧会、1926年のパリ展に出展。時流に即した幾何学的な文様をカットした作品が高い評価を受けた。この時期にはほぼ独自の世界を確立し、色被せカットガラス、クリスタルカットガラス、色被せカットガラスにグラヴィール、クリスタルガラスにグラヴィールといった現在の作品様式が定着する。これらの技法においてはヨーロッパでも有数の水準を誇るものとなった。

ヴァル.サン.ランベールのガラスは芸術作品の性格を持った物は少なく、むしろテーブルウェアを中心とした実用品に比重が置かれてきた。しかしその独特の美しいカットスタイルは今なお、ヨーロッパ最高級と賞賛され、色被せガラスに様々な技巧を凝らしたスタイルには古くからの愛好家も多い。ベルギーガラス産業に偉大な足跡を残してきたこれら優れたテーブルウェアは、「ベルギーのロールスロイス」と調われ、同国王室を初め世界で愛用されている。

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