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2007年2月15日 (木)

◆ガラス工房解説 2 【St.louis】

St.louis

1767年2月17日、バカラと同じくアルザス.ロレーヌ地方のミュンツァールに創立。元々、同地には1586年に建てられたミュンツァールガラス工場があり鏡や板ガラスなどの実用品を生産していたが、四次に渡る30年戦争で荒廃してしまう。そこでガラス製造会社のM.ルネ=フランソワ.ジョリー社により、工場を復活させる提案がなされ、国王ルイ15世は認可と「サン.ルイ.ロイヤルガラス工場」の名称を与えた。サン.ルイとはカペー王朝、聖人ルイ9世の別称である。

サン .ルイも創立後初期はボヘミアの模造品や実用品ガラスなどを生産していたが、1780年に工場長ド.ボーフォールがフランスで初めての鉛クリスタルグラスを導入、翌年には生産に着手していく。クリスタルガラスのサン.ルイとしての第一歩であると同時に、この後クリスタルガラスの技術はバカラやヴァル.サン.ランベールなどに伝わり、ヨーロッパのクリスタルガラス工業の発展に大きく寄与することとなった。

19世紀に入ると、サン.ルイはクリスタルガラスの生産に増々専化していく。またアメリカで発明されたプレスガラスの技術を取り入れ、生産能力を格段に向上させる。その結果、当時としては初めてのクリスタルのテーブルウェアを販売、当時台頭してきた高級貴族層に珍重された。1830年には社名を「サン.ルイ.クリスタル社」に変更、1832年からはバカラ、ジョルジ=ル.ロワといった大手ガラスメーカー数杜と提携し販売代理店ローネー.オタン.エ.カンパニーを設立、販売網の整備拡張を図った。(同社は1857年に解散、買収、合併を経て最終的にはサン.ルイとバカラだけが存続)

19世紀中期以降には、綴密なエングレーヴィングやカット技術により優れた製品を生み出し、1845年にはサン.ルイの名を世界的に広めるぺ一パーウェイトを発表する。ミルフォイリ、カメオ技法、ランプワークなどを駆使し、バカラやクリシーと共に人気を博し、特にミルフオイリのぺ一パーウェイトはサン.ルイの代名詞ともなる。また1890~1910年間には、被せガラスにカメオ彫刻を施したもの多数制作する。これらアール.ヌーヴォー様式の作品は「ダルジャンタール」の銘が入れられ、ナンシー様式、特にエミール.ガレ色の強いものが多い。
ただ、時を同じくして、バカラなど他の工房が万国博覧会で独創性溢れる作品を発表し人気を集めるのに対し、サン.ルイは美術的創造性の強い作品には乏しかった。またペーパーウェイトブームの終焉などもあり、徐々に時流から取り残されていく事になる。

しかし、伝統による高い技術やオリジナリティともいえるテーブルウェアの品質は不変で、世界の元首や大使館の晩餐で愛用されている。特に 1913 年に発表された「ティスル」に代表される金彩を施した優雅なテーブルウェアは、ぺ一パーウェイトやカラークリスタルと共に現在のサン . ルイの典型と言えるものである。

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