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2007年2月14日 (水)

■西芳寺叢書 (序)

序  ~前書きに代えて~


西芳寺。庫裏横の小門を潜り庭園内に足を踏み入れると、眼前に広がる苔一面の光景は深山幽谷にて幻想的、確かに類を見ない美しさです。

しかし夢窓疎石中興により「結構の極」とまで謳われ、以降全ての庭園の範とされた「西芳寺」は、現在見受けられる林泉と全く様相を異にしていました。壮麗吟詠を誇った堂舎は応仁の乱にて壊滅的な打撃を受け灰燼と化し、一宇すら残っていません。今日に至っては黄金池の地割りと石組の幾つかが僅かに往時を偲ばせるだけです。
従って現在の遺構は西芳寺「跡」なのであり、もっと正確には「近現代建造寺院.苔寺」といった方が良いのかもしれません。
こうした史実を踏まえた上で何度か洛西の地を訪れ、自分なりに考察を加えていくうちに、盛観な伽藍を誇った往時の西芳寺を知りたくなってきました。
と云う訳で「西芳寺修復」を机上で試みようと至った次第です。

ただ、西芳寺復元を試みるといっても、どこから手掛けようものやら…。
根幹となる黄金池の形状からして、昔日の西芳寺とどれ程近似しているのか疑問です。「築山庭造伝」では、黄金池は猫の額程度の矮小な小池として記されており、現在の池泉地割りは江戸中期以降に修復されたことが確認できます。また池泉北側の丘陵地は幾度となく山崩れをおこしており、現在の山野地形も鵜呑みには出来ません。
そこで方法論として

  1.寺史から酌み取れる西芳寺の精神的世界観を前提に
  2.西芳寺に色濃く影響を受けた庭園及び
  3.西芳寺建立頃の建築.庭園様式を踏まえた上で
  4.現存するソース(古文書資料.研究書等文献)を参考にして

疎石作西芳寺を想定出来る限り復元してみようと思います。
尚、復元絵図及びその考察については「西芳寺叢書 上.中.下」編、にて詳細記述していきます。


西芳寺叢書(上)に続く

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