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2007年2月22日 (木)

■五山派及び臨済七派⑦ 大徳寺

大徳寺(宝竜山) 
臨済宗大徳寺派大本山 末寺数201 
・山内塔頭 24 徳禅寺 龍翔寺 如意庵 真珠庵 養徳院 龍源院 大仙院 
         興臨院 瑞峯院 聚光院 総見院 黄梅院 三玄院 正受院 
         大慈院 高桐院 玉林院 大光院 龍光院 芳春院 孤篷庵 
         龍泉院 来光寺 雲林院
・山外塔頭 無し

歴史沿革
創建は1315年(正和4)、播磨守護の赤松則村が叔父である宗峰妙超(大燈国師)に帰依し、小庵を寄進したことに由来する。かつて平安期に淳和天皇の離宮(その後藤原道長ゆかりの雲林院となる)のあった由緒地である。
その後花園上皇より印宣を賜り、翌1326年(嘉暦元)に法堂の完成により正式に大徳寺となった。妙超の営んだ小庵大徳庵にその名を起源する。妙超は徹底した修禅を第一とした宋朝禅を唱え、寺の世俗的興盛を厳しく戒した。その禅風に花園上皇の帰依をうけ、後醍醐天皇からは「本朝無双之禅苑」の宸筒を賜るなど、五山の上位に列せられた。 
しかし新政崩れ足利幕府の時代になるとその関係を嫌われ、直義.義満から寺格を落とされるなど不遇を受ける。その中で1431年(永享3)自ら五山を脱し「林下」とよばれる在野の精神を持つ独特の禅風を培った。
その後応仁の兵乱など二度の大火により多くの伽藍を焼失するが、堺に戦禍を避けていた47世一休宗純により、堺の豪商や千利休など堺の町衆の援助を取り付け、同寺に帰依していた有力武将の支援もありを再興していく。
また、戦国期以降、豊臣秀吉が信長の葬儀を挙行、利休の大徳寺三門事件や、沢庵住持の流罪や後水尾天皇の譲位にまで発展した紫衣事件など歴史の舞台に登場する。

現存する堂宇は殆んど江戸寛永期の再建のものであり、現在、妙心寺と共に最も充実した禅宗伽藍を構える。また、本坊以外にも塔頭24を数え、壮大な規模を誇る。また、一休宗純に始まる茶の湯文化発祥の場としても著名である。利休、宗旦以来三千家との関わりも厚く、小堀遠州など茶人ゆかりの塔頭も多い。


本坊庭園(江戸.国特別名勝.史跡)
作庭者については「大徳寺誌」で百六十九世天佑和尚の作とされているが資料に乏しく、また作風から小堀遠州の名も挙げられるが、現在も確定されておらず不明である。時期については本坊方丈が建築された1636年頃(寛永年間)のものと思われる。
庭園は方丈の南面(主庭)と東面(側庭)の二つの平庭よりなる。南庭は築地塀添いに植樹と石立を廻らせ、白砂の敷地に大部分を割いた、後期枯山水の代表的形式である。この点では南禅寺方丈庭園と類似しているが、右手前に流れる近景を、白砂の中に配した庭石と周辺の苔、あるいは中央に置かれた砂盛と背後の向唐門といった要素により、全体の構成を中央に寄せている点が大きく異なる。
東庭は細長い長方形で、これも違った形での枯山水の典型である。奥行きのかなり浅い中、二重の刈込みの下に七五三の石組を列しているが、高さの平均値や逆末広がりといった構成を見事な遠近方法で表している。更に低い生垣からは,比叡山を望見し借景とし、あたかも真珠庵(大徳寺塔頭)と円通寺を併せ持ったかのようである。但し周辺の都市化に伴い、外界を遮断する為に生垣は高く繁らされ、借景は見難くなっている。


主要建築物
三門(桃山.重文) 
1592年(享禄2)に建立、但し一階部分のみの完成で二階は1589年(天正17)に千利休の寄進により完成。五間三戸二階二重門、入母屋、本瓦葺。禅刹では東福寺に次ぐ古建築。
法堂(江戸.重文) 
1636年(寛永13)稲葉正則の寄進。現存する中では非常に大規模な法堂。七間六間、一重裳階付。典型的な禅宗様で、尚且つ法堂としての役割的性格をよく表している。
方丈(江戸.国宝) 
1636年(寛永13)後藤益勝の寄進。開山の三百年遠忌に際して建てられた。一重、入母屋で前後八室、奥に塔所のある特殊な形式。方丈南面に建つ唐門(国宝)は、明治期に勅使門西より移築。本願寺、豊国神社の唐門と共に、桃山の三唐門と謳われる貴重な遺構。
仏殿(江戸.重文)
1665年(寛文5)京の豪商那波屋常有による寄進。五間五間、入母屋、一重裳階付。禅宗様の仏殿であるが細部にはごく一部大仏様も混じっている。主要伽藍では最後の完成建築物。
勅使門(桃山.重文) 
諸説あるが、おそらく慶長期に内裏の御唐門を下賜されたもの。桧皮葺、左右切妻の四脚向唐門。桃山期の様式をよく伝えており、重厚。
庫裏(江戸.重文)

1636年(寛永13)の改修。方丈新築にあたり、旧方丈の古材を使用された。切妻と入母屋の複合で、平入側に唐破風の付く珍しい形式。

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