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2007年2月23日 (金)

■五山十刹 解説

●五山十刹

臨済禅寺の寺格を表す言葉で、上位に五山、次いで十刹、その下に諸山が置かれた制度。南宋の径山.霊隠.天童.浄慈.育王の名刹を五山とする官寺制度に倣ったものである。また寺格の権威選定だけではなく、法流に拘らず高僧を招聘し住持とする制度(十方住持制)でもあった。但し不変の寺格制度ではなく、歴代天皇、幕府将軍の権勢により順位は変動していく。
日本では鎌倉幕府により先に鎌倉五山が定められたが、幕府の滅亡、建武中興の失政等があり、数次の寺刹選定.寺格の変更を経緯して定着する。最終的には足利義満が鎌倉五山と共に京都五山を定め、更に南禅寺を「五山之上」の格付けとした。以後五山は京都優位となりこれを基準として踏襲される。同様に十刹も京都、関東に区別して定められるようになった。
但し「十」は実際の数ではなく、最も多い際には四十六の寺院を数える。また十刹同様、五山の下に諸山、京都.鎌倉尼五山も備えられた。しかし現在、五山の万寿寺は遺構が細々と残るのみで既に現存しない。また十刹も多くが廃寺となっている。


変遷 

鎌倉後期  北条貞時.高時により建長寺.円覚寺.寿福時.浄智寺.浄妙寺が五山の称号を与えられる。

1299(徳治2)  京都南禅寺もこれに列せられる。

1333(元弘2)  後醒醐天皇により京都大徳寺が五山之一に加えられる。  

建式年間(1334~1336)   後醒醐天皇が以下の寺位を定める。但しこの間、大徳寺が五山之上、建仁寺が五山之一となったり、不確定である。

 ・五山   第一南禅寺  準第一大徳寺  第二東福寺  第三建仁寺  第四建長寺  第五円覚寺

1341(暦応4)  足利直義が八寺を五山、他十寺を十刹と定める。(扶桑五山記)

 ・五山  
  第一建長寺・南禅寺 第二円覚寺・天龍寺 第三寿福寺 第四建仁寺 第五東福寺 次位浄智寺                                  

 ・十刹  
  第一浄妙寺(鎌倉) 第二禅興寺(鎌倉) 第三聖福寺(福岡) 第四万寿寺(京都) 第五東勝寺(鎌倉)       
  第六万寿寺(鎌倉) 第七長楽寺(上州) 第八真如寺(京都) 第九安国寺(京都) 第十万寿寺(大分)

1358(延文3)頃 寺格改定。  
       
 ・五山  
  第一建長寺・南禅寺 第二円覚寺・天龍寺 第三寿福寺 第四建仁寺 第五浄智寺・浄妙寺 
  次位東福寺・万寿寺

 ・十刹  
  第一禅興寺(鎌倉) 第二聖福寺(福岡) 第三東勝寺(鎌倉) 第四万寿寺(鎌倉) 第五長楽寺(上州) 
  第六真如寺(京都) 第七安国寺(京都) 第八万寿寺(大分) 第九清見寺(駿河) 第十臨川寺(京都)

1380(康暦2)  鎌倉五山と共に京都五山を区別。

1386(至徳3)  足利義満により以下の寺位が最終的に定められた。自ら創建した相国寺を五山に列する為,別格の五山之上を定める。(カッコ内は現在廃寺)

 ・五山之上  南禅寺
 ・京都五山  第一天龍寺 第二相国寺 第三建仁寺 第四東福寺 第五(万寿寺)
 ・
鎌倉五山  第一建長寺 第二円覚寺 第三寿福寺 第四浄智寺 第五浄妙寺
                          
 ・京都十刹  第一(等持寺) 第二臨川寺 第三真如寺 第四(安国寺) 第五(宝幢寺)
          第六(普門寺) 第七(広覚寺) 第八妙光寺 第九大徳寺 第十龍翔寺

 ・関東十刹  第一(禅興寺) 第二瑞泉寺 第三(東勝寺) 第四(万寿寺) 第五(大慶寺)
          第六(興聖寺) 第七東漸寺 第八(善福寺) 第九(法泉寺) 第十長楽寺
         
 ・京都尼五山  第一(景愛寺) 第二(檀林寺) 第三(護念寺) 第四(恵林寺) 第五(通玄寺)  
 ・鎌倉尼五山  第一(太平寺) 第二東慶寺 第三(国恩寺 第四(護法寺) 第五(禅明寺)

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